酒井式をしていた方からのメール

 過去に酒井式を15年以上実践されていて、その後、それをきっぱりと自己批判しながら、授業実践の方向転換をされたかたから、メールをいただきました。

(前略)「いよいよ芸術の秋。展覧会花盛り。私の住んでいる所も酒井式が蔓延しています。しかし、教育委員会も選定委員もよくわかっているようで、ほどよくバランスをとっています。私の下の娘に聞いてみると、小学校の間に4回酒井式を経験しています。でも、家で描く絵は酒井式とは縁もゆかりもないものばかりです。酒井式が子どもの成長とは無関係なところで展開されるために、決して子どもの心地よい思い出に残る体験とはならないからです。
 私は粘土、焼き物が好きなのですが、形を追った時の作品はちぢこまったのびやかさの無い作品ばかりです。以前学力は低いけれど、とても真面目な子どもが、この粘土を相手に4時間一度も私と話すことなく一心不乱に顔を作っていました。終わった時その作品を見た時、出来不出来ではなく、「なんてたくさん触れたんだろう。」と感動できる作品でした。動物を作れば、首を曲げろ。魚を作れば尾ひれを上げて体を曲げろ。壷を作れば高くしろ。そうではなくて、粘土の持つ「可塑性」という根源的な体験を尊しとしなければなりません。子どもの成長に飛び級はありません。じっくり育てる事そして教師もじっくり育つ事。深く思慮し、自己批判を重ねながら一人一人が成長していく事が、やがて自分にとって、また、周りのひとにとって大きなうねりとなるでしょう。その意味で特効薬のような酒井式は副作用が教師にもそして子どもには大きな副作用をもたらすのではないかと危惧します。
酒井式のサイトを見ると教育委員会後援となっているところもあるようです。大丈夫かなあ。何か違う力が働いているような気がします。子どもの絵に大人の思惑は百害あって一利なし。子どもの絵に従える目を持ちたいなあと思います。
 酒井式と同時に私は「よい絵良くない絵」にも出会っています。「美術教育の名言」も何回も読みました。今の政治と同様一つの方向に偏る事は、悲劇を生む事を歴史が証明しています。
 tossのサイトを見ると扶桑社からの書籍と明治図書からの書籍が並んでいるのがどうにも解せません。tossはかなり偏ってきたのかなあ。初期の法則化の頃はまだ小ネタが使えたのですが・・・。
 どの教育団体も、自分の意見を子どものために腹蔵なく語り合いたいものです。お互いの良さと弱さを語り合いたいですね。

 向山氏の月刊誌「教室ツーウェイ」によると、「英語教育やインターネット」をするのが良いゆとり教育で「そば作り」などをするのが悪い教育。水道方式はだめで組合が推進してきたから。1年生の算数で使うブロックは障害児には使えない。昔からの百玉そろばんがよい。向山氏も発売する、ということ。産経新聞に連載をするそうです。雑誌は向山氏の開発したモノを使った礼賛事例。
TOSSにあらずんば教師にあらずといった感じ。「全国の研究紀要を取り寄せて検討したが、何一つ得るものはなかった」とのこと。
私は、様々な分野の方の言動から多くのものを得て、生かしてきたつもりです。そういう教師はアホでダメな教師なんでしょうか?
〇か×かの言動はどこかの国のだれかさんとおんなじだなあと恐ろしさを感じます。大丈夫ですかTOSSの皆さん。少し立ち止まってみてください。教師は単一の価値観を持つのではなく、多様な価値観を許容する人間であるべきなのではないですか?事実で語れと言われるならば、ほんの少しだけだけど語れます。でも、それさえもきっと全否定されてしまうんだろうなあと感じます。そんな気持ちになってしまうのはつらいです。山崎先生のHPにはそぐわない内容かもしれませんが…。」(以上)

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《山崎の考え》

 この方のメールはじっくりと耳を傾けるべきと思い、このブログでご本人の了解のうえ、公開させていただきました。このメールを私信にしておくのはもったいないと思ったからです。
 この経験豊かな先生からいただいた言葉をしっかりと耳を傾けたいと思います。酒井式について論じる事は結局は美術教育の本質論につながると思っています。

 なおメールでいただいた内容はTOSSや酒井式について書かれていますが、中学校の中でも考えなくてはならない共通の問題も含まれています。
 中学校でも、いくらなんでも酒井式ほど極端ではないにせよ、昔の美術系大学受験のためのような授業が中心だとか、時間がないからキット教材に走るとか、描かせ方つくらせ方ばかりにとらわれた研究にいってしまうとか、鑑賞と称して美術史や知識中心でやったり、考えなくてはならないことも多いのです。ここにあげたいくつかは過去の私がやってきたこともあります。では今の私の授業はどうなのか?結局反省があるわけですが…。
 ただ、これらは酒井式のようにそれが唯一正しいこととして広げようとしたりはありません。そこが大きく違うところです。

(注)上記のTOSS(教育技術の法則化運動)の絵画部門が酒井式。工作部門が佐藤式です。(TOSSについては他教科のことについては私は不勉強なのですが、私の職場でTOSSについて知っている人から聞くと、みなさん共通して言うことは「本質が学べない」ということでした。これは「酒井式」と同じようです。私が調べたTOSSの育児についていえば、その場しのぎの対処療法という印象です。)


 ☆酒井式 描画指導法への疑問

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 ☆「私のやってきたことは間違いだったかもしれない」


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Commented by マリヤンカ at 2005-11-22 12:06 x
こんにちは
「酒井式」っていうのがあることを始めて知りました。
でも、この酒井式の絵柄は感想画コンクールとかで確かに良く見ます。
鼻から描かせて、大人が顎の線をきめる…?
思わず笑ってしまいました。
幼い時に酒井式を学んだ子は、
鼻以外の所から顔の絵を描くには
相当エネルギーが要りそうですね。
何だか、酒井式って新興宗教か、家元みたい!
でもその家元が権力を持ってしまうと困ります。
美術理論をしっかり持って批判していくことが大切そうです。
それにしても、我家の子供達が小さい時に
酒井式に出会わなくてよかった!

Commented at 2005-11-22 20:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 山崎正明 at 2005-11-22 22:24 x
「図画工作・美術教育の大切さを訴える」
http://zoukeidaij.exblog.jp/
に、アクセスしていただくと、
投稿方法について書いていますので、よろしくお願いします。
なお、なんだか、わかりにくければ、このブログの左メニューにあります
山崎正明へのメールで、ご意見を送っていただいても結構です。
Commented by 山崎正明 at 2005-11-22 22:47 x
マリヤンカさん、うーん、絵描き歌と変わらないです。こうした指導(指示)では、子どもの絵を通して何も受けとめられないでしょう。酒井氏はその絵は個性的であり、絵から子どもの心が読めるとあります。でも一般の方がその言葉を聞いても…。
これまで美術教育界はこんなものはいずれ消え去るであろうと無視してきましたが、それがいつのまにやら教育テレビ(放映前に抗議をしたのですが、教育テレビといいながら、図工美術教育に関してはその初歩すら理解できていないです。これにあきれた大学関係者も多数おりますので、状況は変わってくると思います。NHKも大胆です。学習指導要領のねらいと対立する指導法を推奨したわけですから。本当はこれは大問題なのですが)そして親御さんがこのことに気づくようになってきています。)がとりあげるやら、幼稚園で取り入れるやら、2歳児に描かせて、自ら魔法の指導法と言ったり、この05年秋はもう黙ってはいられなくなりました。これ以上これを広げてはならないと強く思っています。
しかし、美術教育界は反省点もあります。こんな指導法が許されてきたのですから。
Commented by MAKI at 2005-11-22 23:00 x
「私はこの絵がいいと思う」そこには,客観性はなく・・・もしかすると芸術性乏しい私の主観なのかもしれません。でも,その一言に,私は常に自分の全てを託しています。子どもの内面世界を看取る私の中の「感受」は間違っていなだろうか・・・絵の審査会に於いて私がいつも感じていることです。決してテクニックではない。そこにある子どもの心の灯火を受け止めたい!その一心です。その子どもの心の灯火に方程式を当てはめるような行為は,決して許されるものではないですよね。
Commented by yumemasa at 2005-11-22 23:12
MAKIさん、ありますね。審査会で出てくる言葉「私はこの絵がいいと思う」。よく考えると…、そんなときに自問自答するということは大事ですよね。それにしても「その子どもの心の灯火に方程式を当てはめるような行為は,決して許されるものではないですよね。」ということ、本当にその通りですね。
コンクールの功罪も考えていかなければならないですね。
Commented by MAKI at 2005-11-22 23:24 x
先日,あるポスターコンクールの審査会に行きました。小・中学校あわせて数千点の作品の中から,約20点を選ぶという,かなり厳しい審査会でした。もちろん,先に書きました・・・いわゆる方程式に当てはめて描いたような作品は,姿を消していきました。残った作品は,子どもの純粋な内面世界が表れているものばかり(そうだったと自負はしているのですが)でした。でも,その方程式に当てはめられたような絵を描かなければならなかった子どもたちのことが,気になって気になって仕方がありませんでした。これは,まさに子ども世界に対する冒涜です。学校教育で行う図画工作・美術教育の必要性を,作品主義のみで訴えることだけは避けなければなりません。しかし,このことは以前からも繰り返し繰り返し行われてきているような気がします。山崎さんがおっしゃるコンクールの功罪・・・まさにその通りですね。心が痛みます。審査を通して,根気強く訴えていきたいと思っています。
Commented by yumemasa at 2005-11-23 00:15
審査はつらいです。審査で協議して酒井式のものは一点も入選させませんでした。しかし、これは、非常につらいことでした、描かされた子どもの責任ではないからです。子どもがかわいそうでしたが、しかし、これをやらない限り、指導された先生はいつまでもその間違いに気がつかず、その指導を続ける事になるでしょう。そしてこれからも何人ものこどもたちが、同じ方法で描かされていく事になります。酒井式ではコンクールの入選させることも酒井式のよさを広げる事だとしていますよね。でも、それも通用しなくなるでしょう。酒井氏はコンクールには、数点だけ出品するように指導していますが…。
ところでポスターで思い出しました。酒井式のダメな点はポスターにも存分に発揮されていますね。
ポスターの本質とはまったく違うことをやっています。教師があらかじめ用意してある、絵柄に文字をただ入れる。それだけのことです。
もう、うんざりです。笑顔の子どもを画面いっぱいにたくさん描かせて「いじめをなくそう」とか「世界平和」だとか。大人がイメージした子どもの絵を指示して描かせるだけ。そこには子ども個々の思いは入る余地がないです。
Commented by ゆたろう at 2005-11-23 02:22 x
こんにちは。以前、メールを送らせていただいたものです。あれからとりとめなく考えていました。
自分が絵を描くときの感覚ですけど、どこかで見たような作品にしかならないのって、悔しいです。人のアイディアを(手本とするのではなく)盗むなんて恥ずかしいことでしかありません。うまく言えないんですけど、酒井式だけでやってたらそういうプライドって出てこないんじゃないかなぁと、ふと思いました。
Commented by yumemasa at 2005-11-23 02:57
ゆたろうさん、まったくその通りですね。酒井式で描かされた子は自分の絵を愛せないと思います。だって教師の思い描いた「傑作」という作品があって、それに近づくように、教師の言われ通りに手を動かすだけですから。
きのう、酒井式モドキで描かされた子どもの絵を見せてもらいました。入学前は楽しんで絵を描いていたのに、その結果こどもが絵を嫌いになりそうになったとのこと。切なくなりました。
Commented by あんねりあん at 2005-11-23 07:55 x
>「英語教育やインターネット」をするのが良いゆとり教育で
>「そば作り」などをするのが悪い教育。

うーん、自分にはわかんない思考回路です。
基準が想像できない。

美術教育とは離れて、食育・理科関係でもTOSSのを見てきているんですが
「最初に結論ありきで、それに見合うように事実を拾いあげ
 あるいは事実を捻じ曲げて構成する」
という姿が見えてきました。

図工のひとつの酒井式では、
最初に教師(目の前にいる教師ではなく師匠である酒井氏)が描かせたい絵があって
ぶつ切りでパーツだけを描かせて、後で見るといつのまにか絵になっている、
というものだと思うのですが
本質はすごく似てるんじゃないかと思うようになりました。

大事なのは、生徒ひとりひとりの心ではなく、師匠の意に沿うことなのかなぁ、と。
Commented by あんねりあん at 2005-11-23 07:58 x
続けます。

以下は、山形大学理学部の天羽さんが提供してくれている掲示板です。
TOSSウォッチング掲示板
 http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/bbs02/tree.php
そこでの現役の教師と思われる人の書き込み
 http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/bbs02/msg.php?mid=271&form=tree

山崎さんのブログに集まってくる人と違って、少々きつめの方が多いのですが
今回のメールを公開してくれた方にお知らせしたくて
こちらにURLを書き込みました。

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追伸
酒井式は採用していないはずですが、
自分の子供のクラスの絵が、なんかみんなそっくりなのが気になってます。
Commented by yumemasa at 2005-11-23 13:31
あんねりあんさん、お久しぶりです。
結局いいとこどりの寄せ集めだから、そこを貫く理念がないのですね、たとええているならば、戦略をまったく考えずに戦術しか考えていないというか、木だけ見て森は一切みないとか。環境教育をするにあたって地球レベルでは考えずに、リサイクルの分別だけ考えるとか、戦術も木も分別もどれも欠かせない事なのですが、それを単にばらばらの事象としてとらえていてはいつまでも本質をとらえることは出来ないでしょう。
なんだか、そんな感じがします。美術教育だってそうです。あの授業がおもしろそう、この授業もおもしろそう、もっと大事なのはでは全体としてなのですよね。
あんねりあんさんのお子さんのクラスの絵もおそらく子どもに満足感を与えたいとか、見栄えのする絵を描かせることが教師に指導力ととらえた結果、ついつい子どもの思いを大事にせずに…というパターンかもしれません。新卒の頃の私にはそのような意識がありましたから(反省)
ただ描いているこどもの姿(表情やしぐさ、目の動き、手の動きなどこまかなことも含めて)を見ていませんの何とも言えません。これについては一般論です。
それにしても、この方のメールはありがたいです。
Commented by あんねりあん at 2005-11-23 16:08 x
>いいとこどりの寄せ集め

正直言って、その「いいもの」と感じるものが変なんです。
水からの伝言、EM、脳内革命、どれもマユツバなんですが
(EMに関しては堆肥といった限定的なものはあるかもしれない)
それを批判されていても方向転換をしない。

TOSSウォッチングにいらっしゃる現役の先生は
良識ある先生ならば、自分で資料にあたるってから授業をするのだが、
TOSSでは仲間内あるいは立場が上の人だと
ノーチェックでそのまま引用・転載するようだと。

ここが「宗教・オカルト」といわれる所以なのかもしれません。

TOSSもこれだけの先生を集めているのだから、何か魅力があるのでしょうが
私の目には、おかしなことを放置している問題ある団体にしか見ません。

>それにしても、この方のメールはありがたいです。

TOSSウォッチングの方に転載させてもらって、いろんな人に読んでもらいたいです。

美術教育から逸れていきました。お許しを。
Commented by yumemasa at 2005-11-23 16:30
あんねりあんさん、美術教育から脱線してもOKですよ。美術教育をやるのに美術のことだけ考えててはいけないですから。私だって他教科の先生の前で研究授業しますし、理科だって、英語だって、社会科だって研究授業を見て意見を出し合いますから。
わたしの職場では、TOSSには理科の先生もあきれていましたね。水の話は苦笑していました。
英語などは学びの中にスキルという部分が多いので、TOSSはどなの?と聞くと、きっぱりと否定していました。まあ本当の学力がつかないということでした。

by yumemasa | 2005-11-22 06:28 | 子どもの表現 | Comments(15)

「美術教育」や「自然」に関するブログ。人々がより幸せになるための美術教育について考え、行動します。北海道北広島市在住。中学校教諭32年、大学で幼児教育・初等教育担当8年。現在、時間講師。


by 山崎正明