生徒の言葉に感動しました
2006年 09月 11日
今回は机を下げて車座にならず、前向き一斉の形です。発表は列ごとに順番に答えてもらったあと、自由に発言。時間は30分(ちょっと短い)。指名発表をしたのは全員が発言することをねらってです。
最初に「絵をよく見て自分が一番印象に残った描いてあるものを発表してもらいます。じゃ絵をよく見て。」2分くらいしてから「では絵の中に入ってください。つまり絵の中に光景の中にそっと入っていろいろなものを見てきてください」と加えました。そのあと列ごとに指名です。
数人が発表したところで「こうやってみんなが興味を持つところが違うからおもしろいんだよね。」とコメント。さらに描いてあるものを発表してもらいました。
そのあと「絵の中で何が起こっていると思いますか?」(アレナス氏が使う大事な言葉)で、発表してもらい、生徒の発表した言葉から、描かれている人物について注目するように方向付けしました。するとその描かれている子どもたちの気持ちを想像したくさん話してくれました。
「いやいや授業を受けている感じがする」「先生の方を向かないで勉強している子は、きっと優等生かな?」「泣いている子の横の女の子は、ちょっと心配しながらも、そのくらいのことで泣かないでって思っているような気がする」とか…こんな感想が出てきますから、私もおもしろくてたまりません。
そして最後に「この絵の感想を言ってください」と言いました。
するとこんな答え(要約)がかえってきました。
「絵を描いた人は優しい気持ちでこの子ども達を見ていると思います。みんな年齢も性格も違うけれどもみんなを認めているような感じがします。描いた人は自分が子どものときのことを思い出して描いているのじゃないかな」
「作者は、世界が平和になってほしいと思っているんじゃないかと思います。この絵にはいろんな子どもが描かれているけれど、みんな優しい気持ちで描いている。ちょうど世界にいろんな人種がいるけれども、みんなを認めあうというか」
「この絵の色の使い方を見るととっても暖かな色で描かれていて、優しい感じをすごく出そうとしたのだと思います。最初にカーテンを見た時そう思いました」
生徒がこの絵を見てここまで感じ取るんだなということと、様々な感じ方や考え方を教室内で共有し、自分の絵の見方を広げ、深めていっているようです。
授業が終わったあと、あー、子どもって新鮮な目でものを見るなあ、よく、ここまで感じとったものだ、と関心してしまいました。それにしても生徒の最後の感想には感動しました。この絵から平和が語られるなんて。でも言われてみればそうだよなあ。すごい!
ふと思い出しました。昔やっていた作品の解説的な鑑賞授業とは明らかに違います。子どもの中で育つものが。ただ全てが対話型鑑賞授業でということにはならないと思っていますが。
ねらいによって違ってきます。うーん、楽しかった。
この授業は土曜日稚内であった教育研究集会で土屋さんが同じ題材での発表をしてくれたので、それを参考にしながら改善点を想定してやったものです。いわば共同研究のようなものです。
《この授業を別の方法でやってみると…》
「色といろいろ日記」のMさんが、同じ絵で授業をされた様子が公開されています。手法が違います。このようなことは、研究としてもおもしろいです。多分、現実の研究会ではいろんな意見が出るのではないかと思います。そのことで葛藤しつつ、自己を高めていきたいものです。私もいろいろ考えちゃいました。私の授業は知識はあたえず、Mさんはポイントを厳選して知識を与えて。
☆ 一枚の絵
《関連記事》
☆ 美術館に行ってみたくなりました
☆ 日常的な鑑賞の環境をつくる
共同研究って、深まりますね。生徒たちの言葉も深いです。
さまざままフィルターで曇ってしまった大人たちには感じれられない
ものを、彼らは感じ取ります。私のレポートも公開しなくては!
南北戦争後の田舎の学校を描いた作品ですから、平和を語れる生徒
たちは確かな感性の持ち主です。
平和と言えば、今日は9・11でした。
この対話型はどんな作品を対象とするか…これも大事ですね。昨年あたりから広まってきたこの授業、今後はどんな作品が生徒の心に響きやすいかなどが見えてくるような取り組みになっていくといいですね。
ところで911以降、アメリカを指示している日本。うーん。
ところで、山崎先生にお話を聞かせて頂いて、「トンギコ」また観たくなりました。で、とうとうDVD買ってしまいました。届くのが待ち遠しいです。
土屋さん、「トンギコ」DVD買ったんですね。私も買おうと思っていました。やっぱりいいですよね。子どもたちを信頼して授業するのは楽しいです。指導者としての信頼もあの映画からは感じ取れました。
http://yumemasa.exblog.jp/3452006/
そうそうトントンギコギコと言えば内野先生ですが、実際にお会いして楽しかったです。語りは深かったですよー。
「絵の中に入る」「絵の中で起こっていることを考える」なんて、考えたこともない発想でした。もちろん、そんな見方を教わったこともありません。わたしにとっては絵は「描けないもの」で、「描ける人が上手に描くもの」以上ではなかったのです。自分とは関わりのない「何か」でした。
「描き方がわからないから描いた人が何を表現したいのかは自分にはわからない」と思っていましたが、そういうものではないんですね。表現したいものが先にあって、描き方というのはあくまでそれに近づくためのものなんですね。文章と絵と、同じ「表現手段」のひとつだったんですね。
土人形といえば、前任校で、京都の伏見人形からヒントを得て、思いや願いを表現するという題材を1年生で取り組んでいました。ニスこそかけませんが、地域題材ということでそのお膝元で彩色人形「新・伏見人形」として熱を入れて取り組んでいたのを思い出します。
ところで件の「トンギコ」、私も先ほど注文しました。
関西弁でいうところの「真似し」です。 (*^_^*)
私はいわゆる名画などの作品に対する一般的な評価はすでに知ってしまっているんです。ですが、子どもはそんなことは知らない。だから素直に作品を見れると思っています。もちろん、知識があって作品を見るのもまた一つですけど。
いいなあ関西弁。よいものは「真似し」がいいですね。
さて、この記事を読んでとても嬉しくなりました。
この教科書をつくった者のひとりとして、このページでこれだけの子どもの反応があったことに感動します。土屋さんの実践もぜひ知りたいですね。
実は、このページにこの作品が掲載されるようになるにも様々な議論、検討、そして紆余曲折がありました。著者メンバー全員で本当に真剣に真剣に検討して出来上がったページの一つです。
心配もありました。どんな心配かはここでは述べませんが、どのように受け取られるか、ということは常に考えます。一番大切にしていることは、この教科書に触れる中学生にとっての意味ですが、それと同じくらい大切にしているのは、人権についてです。この絵から、中学生たちがこのようなよみとりをしてくれていることに本当に嬉しく思います。
他の教科の学習でも同様でしょうが、人間教育としての側面がこれほどストレートに見られる教科はそれほどあるとは思えません。
実はこの授業をするのが難しくないのがいいです。作品が語りかけてきますから。私もシンプルな授業でこれだけの発言が出てきましたから、対話型であたたかい雰囲気で授業をしていれば、かなりの内容になる気がします。おそらく全国で実践されているでしょうから、これは子どもにとってとても価値あるものですね。美術による教育の部分で、入学まもない子達が美術を通してやさしさ、他者の存在を認めるということなどを感じ取る訳ですから。
うーん、そのうちやはりこの絵は鑑賞の題材としては最高ですよというようなものが見えてきたらいいなと思っています。そんなことを考えさせてくれる一点でした。
そしてこの授業ですが、授業後数分でもよいですから、感想を書いてもらうとよいと思います。内容は作品についてでも、授業そのものについてでも、これをもとに授業がどうだったのか、少し見えてきます。
その感想をもとに次の時間、その感想をもとに先生の感想を話してみてはどうでしょう。
なお、鑑賞前に、自分の感想を紙に書いてしまうと、生徒が発表する段階で、それにとらわれてしまいがちですから、やはりその場その場で感じたことを大事にされたらよいと思います。あとは以前私がやってよくなかったのは答えを誘導しようというような感じになっていたことです。仲間と共に(教師も)鑑賞することの面白さを共有できればいいですね。
感想は、記すことも行いましたが、あえて「自分を伝えよう!」で、発表させたことで更に友だちの意見を聞けた!楽しかった!で、深まったように感じます。私の率直な感想から、生徒・教師も共有しあうことができたかなぁ・・・。
本校の生徒たちの良い点である素朴で純情が、この題材をひきつけたのかもしれません。まさにカントリースクールですから・・・。
私はこれが楽しくてし方がない。シンプルにやっています。友だちの感想を聞いて自分の感じる感度があがる、ひろがる、最高ですね。