《重要記事》高等学校と特別支援学校学習指導要領等改訂案
2009年 01月 20日

ところでこの案について
パブリック コメントをとっています。締め切り2009年1月21日。
なお、現行の指導要領改訂に至まで、高等学校の美術工芸で何が起きたのか、ということ、これからの方向について、おといねっぷ美術工芸高校の石塚耕 一校長が以下のように述べています。
☆ 「豊かな人間性と創造性を備えた人間を育成するために」
また、 全日本音楽教育研究会高等学校部会のほうから2年前に次のような要望も出されています。
☆ 高等学校芸術科「音楽」に関する要望書
日本の教育から芸術教科を消さないためにも、音楽科などとの連携も大事にしたい。私は、校内では、教科部会名を「芸術科」とさせていただいて、音楽の先生とよくお話をします。で、そうすることで美術と音楽の共通点と相違点が見えてきます。それを見ることが本質を見ることにもつながると思います。
学習指導要領の「共通事項」のとらえ方の違いなども押さえておきたいことですね。
(この記事の初掲載は2008年12月25日です。)
クラス・ルーブル、新学習指導要領、美術室、音楽、連携、とたくさんの話題を薄暗いネットカフェで読んでいます。山崎先生本当にありがとうございます。
そんな中で考えていること。
美術に携わることができて本当によかったと思う。
美術ってとても大事なものだけれども、美術の下にいろんな物事があるのではなく、いろんな物事の中の大切な歯車のひとつが美術ではないかな。
美術に「正解」はない。しかし「間違い」は存在するかもしれない。
いろいろ見聞きし、考えて、雪国に戻ろうかと思います。
連絡してくれれば良かったのに!今日は日直だったけれども、なんとかしたのになー!まだ、東京にいるのなら連絡してくださいな。
鈴木先生、連絡もせずに領地に入ってごめんなさい。実は計画的に江戸入りしようかと思ったのですが、居住エリアが猛烈な暴風雪でJRがストップしてしまい、その計画が崩れ急遽夜行バスで現地入りした次第です。戻りのチケットも手に入れていない状態できちゃったので不安でしたがさきほど何とか手に入れました。相変わらずバタバタした生活です。
実はとある関係のお詫び行脚で来たのが最大の理由なのですが、結果、とても素敵な方とお話をすることができました。山崎先生もお会いになったことのある方で、新宿の某所にお勤めの方です。この件はメールで。
半日空いたので思い切って水戸芸術館の「日常の喜び展」へ行ってきました。生徒たちの方がもっとおもしろいことやってるぞと心の中でそっと思いながらミュージアムショップでがっちりお買い物。
今日は石田哲也展と池田学展を観て、クラシックコンサートを一本聴いて秋田へ戻る予定です。
ということで、今度来るときはちゃんと鈴木先生に連絡しますのでごめんしてください。
素敵な方ですか!
いいですね、わくわくしますね。
人との出会いはホントにおもしろいです。
メール待っています!
多分にアルコールを注入の後、上野発夜行バスにて、強制送還!
事情聴取の内容が多岐に渡り、今回の調査では理解しがたく、次回は山崎氏も交えて調査が必要。三者面談の必要性を強く感ず。
調査・面談会場を札幌、秋田、あきる野巡回にて開設する必要性有。
検討を願う。
鈴木先生から調査を受けたというよりは,調査させていただいたようなひとときでした。こんな楽しい身柄確保であれば何度もされたい(^_^)。
鈴木先生と行った二つめのお店が仰天! “ムード満点の女性”が奏でるピアノの生演奏の店内に「平賀敬」氏の作品がびっしり! 学生の頃,氏の画集を穴が空くように見て勉強させてもらったこともあり,その懐かしさも相まって30分しかない時間が大変惜しかった。
石田哲也氏の「僕たちの自画像展」も限られた時間しかありませんでしたが,目と心に焼き付けてくることができました。
鈴木先生や多くの作品から元気をいただいた2日間でした。鈴木先生「の」調査活動も引き続き行って行きたいと思います。山崎先生ご協力お願いいたします。m(__)m
展覧会も、石田徹也氏の作品のあの表情、あの作品を見たらいろいろ考えてしまいます。
今度は北海道に是非いらしてください!
キャンプしながら酒を飲むのもいいですよ。
年明けには、美術教師仲間でバンガローに泊まって美術教育を語りあう、そんなことをするのですよ。
先ほど検索したら石田氏の公式サイトがありました。
http://www.tetsuyaishida.jp/
■「石田徹也-僕たちの自画像-」展で展示されていた氏のアイディア帳より〜
「僕の求めていることは悩んでいる自分をみせびらかすことではなく,それを笑いとばすユーモアのようなものだ。ナンセンスへと近づくことだ。(略)
そうだ,僕は他人にとって10万人や20万人といった多数の中の一人なのでしかないのだ。そのことに落たんするのではなく,軽さをかんじとること それがユーモアだ。」
とても参考になる一言でした。
確かに氏の作品からはユーモアなりナンセンスが感じられることには違いないのですが,一般的なユーモアやナンセンスとは大きく異なる質のものだなと感じました。
展覧会入口には,「残された作品があまりにも多く,写真をとって処分しようと思いました」や「きれいなものでもない作品ですがご覧頂ければ幸いです」といった恐らく父親が寄せたと思われる挨拶文が掲示されていましたが,これからも多くのことを考えさせられました。
私は、父が亡くなったのが70歳ですからあと20年くらいは生きていれるかななんて考えます。
そうすると、きっとあのような世界に浸る時間よりも、生きる活力を感じるものをと思っていまいます。急にキースへリングが見たくなりました!














