美術教育の存在理由を問いながら

 1995年、長野で開催された全国造形教育研究大会の懇親会場でのことです。
当時文部省の視学官である遠藤友麗先生に今後の美術教育の存続問題について訪ねてみました。「美術が今後、教科として残るかどうかについては、何とも言えません。」という答えが返ってきました。
「やはり」と思いました。

いろいろお話を伺っているうちに「文部省の中でも美術は好きな生徒が選択してやたほうが、いいんじゃないですか?」と言われるとのことでした。
また「政財界の方々の意見を聴く場では美術の話は出てきません」とも。
「教科の将来を考えると、夜中も目が覚めることがある」というお話から切迫した空気を感じました。

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 そして、その後の改訂。

「美術科」は残りました。しかし、学校五日制にともない、各教科時間数が削減されましたが、「美術」と「音楽」の削減率が一番大きなものでした。
準備と後片付けが必要な教科としては手痛いものです。

21世紀を迎え「文化芸術振興基本法」が施行され、追い風になるのではといくらかの期待感もありました。
しかし現在は「美術館」ですら厳しい状況です。

そしてちまたにあふれる「学力低下論」。

最近いろいろな状況から判断すると、このままだと、必修教科としての「美術」は消えてしまうのではないか、選択教科になってしまうのでは?非常に心配です。

義務教育の中で「図工・美術」はなぜ必要なのかということを、常に問いながら、今こそ豊かな美術教育をすすめていく必要があると思います。

そのために、多くの人と連携していく必要性を痛感しています。このブログもメインである「豊かな美術教育を!」というウェブサイトも、そのためのひとつの方法です。

豊かな美術教育を!」というサイトは、昨年終わり頃から通算2万を越えるアクセスがありました。感謝しています。
その中で、教育関係者だけではなく、様々な方々との意見交流も非常に参考になりました。

このブログをはじめたことをきっかけに、「互いにつながりながら」ということをより一層大事にしながら、美術教育を必修教科として残すために、出来る限りのことをしていきたいと考えています。よろしくお願いします。

北海道北広島市の公立中学校の教諭 山崎正明
yamazakimmasaaki@mac.com
(若いつもりの、いつのまにか教職24年目)
Commented by まいける東山 at 2005-07-24 17:32 x
美術科というものがなくなる理由が、美術の本質が、総合教育であるという部分があるのではと思います。
表現するためには、さまざまな経験が必要だし、画材の使い方などは、理科の知識があると理解が早かったりします。
問題は、せっかく作った、総合という科目でさえ、教える人材がいないので、現場が混乱しているということを口実の一つとして、削減が検討されているということです。
学校で、表現を学ぶ授業が益々減ってきますね。
Commented by yumemasa at 2005-07-24 18:58
東山さん、はじめまして。コメントありがとうございます。学校でこれ以上表現する授業が減っていかないようにしたいと思っています。
ところで東山さんのおっしゃる「孤」から「個」そして「共同」へ、という考え方に共感しました。美術の果たす役割の一つがそこにありそうです。
Commented by まいける東山 at 2005-07-24 20:01 x
「共同」というか「共存」ですね。
うちの両親も、山崎さんと同じく、美術教育で食ってるのですが。教材集は売れているのですが。それだけ、表現の教育をする方法を自ら見つけ出す能力が落ちているのではないかという気がしてなりません。
専門家としての能力が高くなったとしても。それを繋ぐことが出来ない状況で。芸術で食えなくなったり。表現が生活の中で生きてこなくなり。この表現が生活の中で生きてこない現状が。教育の現場で、表現活動が軽んじられる結果となっているような気がしてなりません。
とはいえ、基礎科目と言われる、国語、算数、英語も、表現に関する科目と同様に、生活や実社会との繋がりが希薄になってるんですが、扱われ方がどうも違うようです。人間って、おもしろいですね。
Commented by yumemasa at 2005-07-24 20:41
東山さん、失礼しました。「共存」ですね。
「表現の教育をする方法を自ら見つけ出す能力が落ちている」というご指摘はキット教材を子どもに与えて出来上がりというものもあるのも事実です。美術教育を通して何を育てるのかということを、今こそ真摯に考えなければならないと思っています。そして東山さんのご指摘「表現が生活の中で生きてこない現状」ということについても考えていかなければならないことだと思います。
そして全ての教科でなぜ学ぶのかということも現在の学力論の中ではあまり話題になっていない気がします。
私の学校で取り組んでいる「総合学習」ではいろいろな方々を講師にお招きしてるのですが(これで、よしではありませんが)中学生が「ためになる」というのです。環境のことや、平和のことなどを学びながら…。テストの点数に関係ありませんが、それでも子どもが学ぶ事に価値を感じているのです。生活や実社会のつながり、大事にしたい視点です。どうやら私は素晴らしい方と出会ったようです。うれしいです。
Commented by まいける東山 at 2005-07-25 10:47 x
学力論と言えば、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)の順位が下がったと騒いでいた時。この調査の内容に踏み込まずに、順位が下がったことだけで、学力論に持ち込まれました。
日本が特に成績を落としたところは、○○リテラシーと言われる、学んだことと、生活や実社会のつながりの理解の部分が多かったにもかかわらず。そのことが、解るように報道されませんでした。
総合学習は、生活や実社会のつながり、大事にしたい視点があるのに、PISAの順位が下がったことを口実に、総合学習を減らそうという発想になるのは、おかしな話しです。
総合学習の意味が分からないから、わからないものは排除してしまおうとしていたところに、いい口実を見つけてしまったという感じなのでしょうか。

あと、特別活動も、軽んじられていますよね。特別活動って、学校において、経営術であり、プロジェクトマネージメントを学ぶ最大の場だと思います。実社会で、各業界で、プロジェクトマネージャーやプロデューサーが育たないという問題が発生していますが。地域の祭りがなくなり、学校での特別活動が、親対策になってしまっている部分も大きいのではないかと思います。
Commented by yumemasa at 2005-07-25 12:48
そ、そうなんです。あの学力調査の内容がさっぱり論議されず、わーわー言い出しましたよね。そしてすぐに大臣が「全国学力テスト」やら「主要教科」発言。「学力低下」と騒ぐ前に、今の子どもを見て、どんな力や心を育んでいくべきかが話されていない。目先の対処療法と言われても仕方がない気がします。
 ゆとり教育なんて言っていますが、もう本当に最近はゆとりが消えました。
特別活動などについても悲しいくらい時間が減っています。「実社会で、各業界で、プロジェクトマネージャーやプロデューサーが育たない」といいう認識はありませんでした。言われてみればわかる気がします。逆に言うならば、それまで成果があったということなのでしょうか。
ところで小学校の「総合学習」で「英語」などをやってもよいと言い出したあたりから、当初打ち出された総合学習の「志」は忘れ去られていったように思えます。
とにかく「主要教科」という言葉を文部大臣が口にしたとたんマスコミも何の疑問もなく、その言葉を使いだしたのにはがっかりしました。これはその言葉が悪いというのではなく,学力をきわめて浅くとらえている象徴的なできごとだと言えると思います。
Commented by まいける東山 at 2005-07-25 14:48 x
「総合学習」で「英語」も可なんですが・・・
いま、テレビ会議システムを使った、国際理解教育の仕事なんかもやってるんですが。やっていて、思うのですが。
浅草のおばちゃんみたいに、全て、日本語で、様々な外国人と平気にコミュニケーションしてしまえる力の方が、TOEICで何点とるかより、重要な気がするんですよね。
このコミュニケーション能力の重要な要素の一つが、表現であり、より充実した表現するためには、総合的に自分との関わりを理解して学習出来る能力が必要なんだと考えています。
別に、総合学習では、英語も使ってはいけないとはいいませんが。英語を目的にしてしまうと、自分と社会との間においての英語という言葉の役割を見失ってしまうような気がします。
Commented by yumemasa at 2005-07-25 15:22
そうですね。英語が目的化してしまう総合学習は…。私は最初の頃、総合学習のとらえ違いをしていました。表現力をつけるためにということで、例えばプレゼンだとか取材方法とか表現の方法ばかりに目がいっていました。どうも生徒もおもしろくなさそう。美術でいうと自分が表してみたいという意思を持たないままテクニックばかりをやっているようなものだと思ったわけです。そこで今は価値あると思えることを子どもにぶつけています。
子どもは自分を見つめることにつながっていくわけです。
さてTOEICより○○が重要と言える方がどれだけいるか、そこも課題だと思っています。即成果の出るものが安心でしょう。反復練習をしたら○点あがったとか…。
Commented by まいける東山 at 2005-07-25 15:42 x
プレゼンだとか取材方法とか表現の方法などテクニカルなものは、重要なんですけど、最初のモチベーションがないと、役に立ちませんよね。
すべて、本決まりではないのですが、市民映像ディレクター養成の話しとか、途上国の現場での映像教材の作り方講座だとか、インドでストリートチルドレンにビデオ撮影を教えるって話し、まちづくりのための参加型映像制作の話しなど、いろんなところから、いろんな内容について声をかけてもらってはいるんですが。いずれにしても、最初のモチベーションをどう引き出すかが勝負だと思っています。
Commented by yumemasa at 2005-07-25 16:00
多彩な活動をされていますね!おもしろそうです。興味を持ってしまいます。こうやってのやりとりもおもしろいです。(今日は代休で時間があってうれしい。)
そう最初の動機付けこれが本当に本当に大事だと私も思います。美術の授業の核心ともいえる部分。ここがうまくいくと、子どもたちはすごいパワーも発揮するし、表現方法も自ら工夫します。子どもの中に表現する必然性があるからでしょう。話に共通点が見えておもしろいです。
Commented by まいける東山 at 2005-07-25 17:54 x
まあ、やってることは、商店街のイベントの工作のワークショップと変わらないという話も。
まずは、大道芸人をやって、こっちを向いてきたら、ちょっとだけやり方を教えてあげて、あとは放置。いいところを見つけたら、評価してあげて。さらに良くなるように、プロの技を軽く見せてあげて。また放置。
出来た作品は、写真など記録をとってあげてから、お持ち帰り。あとは、家でやってね。と送り出す。
幅広くやっているように見えて、やっていることはみんなワンパターンでやってます。
Commented by yumemasa at 2005-07-25 20:57
いいですね。長続きするのはシンプルな方がいいと思っています。今私の学校でやっている総合も前よりずっとシンプルです。大道芸人のお話は、美術の授業に似ているなあ、評価というか共感というか、それも大事だし、困ったらさりげなく方法を示唆する。けれどその選択は子どもがし、自分でやっていく。似ているなあ。
シンプルで確かな方法だから他にも応用できるのかもしれません。ワンパターンてのも変化を付けやすいからおもしろいかも。
私は頭が混乱したらシンプルに考えるようにしています。
Commented by まいける東山 at 2005-07-25 22:07 x
あ、美術の授業そのものかも。
とはいえ、うちの家族で美術の教員免許を持ってないのは私だけなんで、学校では実践したことはありません。
Commented by yumemasa at 2005-07-25 22:17
そう、美術の営みはいろいろなところに通じると思っています。
だってクリエイトすることですし、デザインすることですし…。
ところで、短時間でこんなコメントやり取りしたのはじめてです。おもしろい、おもしろい。
Commented by まいける東山 at 2005-07-25 22:24 x
そういや、大人のずるいところを書くのを忘れていました。
子供が、新しい技法をあみ出したら、それをすかさず見つけて、どうやったかを聞き出します。それを覚えておいて。別の機会に、プロの技として、軽く見せるときに使っちゃうことも・・・。
もともとは、子供があみ出した方法なのにね。
大人の大道芸人って、ずるい。

まあ、そうやって、他人の知識やテクニックを吸い取って、生きてきたわけです。
Commented by yumemasa at 2005-07-26 18:33
東山さん、それは私も同じかもしれません。昔、私が自信たっぷりだったころ、生徒に教えてやるみたいな感覚の時期がありまして、そうすると子どもの表現の幅が狭くなりまして、よくなかったなあと反省しています。やはり子どもからも学ぶ、発見するという感覚がなくなると教師としてダメなんじゃないかなあと思っています。
Commented by チャーリー at 2005-08-27 11:55 x
 庄子さんのブログから来ました。リンク先もざっと読ませていただき,美術教育の意義について改めて考えさせられました。
 今言えることは,美術教育には感覚的なことから哲学的なことまでが詰まっている,広くて深い,ということです。
Commented by yumemasa at 2005-08-27 12:10
チャーリーさん、いらっしゃいませ。チャーリーさんのコメントは読んでいました。本質を問うコメント興味を持って読んでいました。今言えるは、の部分は私もそう思います。これからも、どうぞよろしくお願いします。
by yumemasa | 2004-11-21 01:25 | 美術科の存在理由 | Comments(18)

「美術教育」や「自然」に関するブログ。人々がより幸せになるための美術教育について考え、行動します。北海道北広島市在住。中学校教諭32年、大学で幼児教育・初等教育担当8年。現在、時間講師。


by 山崎正明