
3年生の卒業制作「自分という人間の存在証明」の時間。熱心に取り組む生徒達。こんな姿に触れていると「ありがたいなあ」「幸せだなあ」と思う。教師という仕事をしていてもっともうれしい場面のひとつ。特別な行事でも何でもない、日常の授業でおきる出来事。

↑卒業後の進路先では選択美術がない、だから思う存分取り組みたい。ベニヤ3枚に描いている。「もう、いいかげん、世界が平和になってほしい」って私に教えてくれた。その話を聴いていた生徒が、「早く 完成したところが見たい」と言った。

↑粘土でつくりたい、それが先。頑張ってきた部活。その象徴としての足。授業中裸足になってつくってきた。2種類の粘土を用意してある。どちらがいいか、尋ねると、粘土の感触から、「こちらがいいです」ときっぱり。なんだか、うれしい。表現によって、生徒も粘土をしっかりと選ぶ。なんか表現者って感じ。成長したなあ。

↑「絵って、どうも手先で描くイメージがあると思うのだけれど、体全体で描くって感じ、これもいいもんだよなあ。」って話していた。体全体でのびやかに描いている。この気持ちよさを味わっている姿がうれしい。

↑他の生徒がどんどん進んでいてもマイペースで黙々と自分のイメージをもとに制作をしている。いろんな思いを込めて絵を描いている姿、親にも見せたい。若者の純粋さを感じる。

↑木を彫りたい、テーマは野球にしたい。でも他の表現もしたい。したいことがたくさんあって、いまつくっているものは作品の土台にするのだそう。何かのモデルがあるわけではなく、自分が「こうしたい!」って気持ちから工夫をしている。

↑彼女の絵を見て「そうかあ!剣道やっているんだあ!」ってはじめて知った。学校には剣道部がない。彼女の誇りを感じた。「イーゼルを使うと全体のバランスがよくなりやすいよ、使う?」黙々と描く姿を見ていると私の中での彼女の存在が大きく感じられるようになった。

↑木の枝ぶりはどうかと尋ねられた。また 級友とも互いに批評しあってすすめている。全体のバランスを整えながら描く姿は、なんだかとっても本格的。

↑レリーフをしたい!って真っ先に決めた。このあと、美術室にある面取りの大顔面を参考してもらう。「あっ、そうか!」3年生だから 飲み込みが早く、頼もしい。ちょこと笑顔につくっている。そこがいいなあ。私がこの子の親ならうれしくなっちゃうなあ。
思えば、もともとは「自画像」の授業から変わってきて、ここに至った。いろいろな生徒の声、姿、そんなことから授業改善をし続けてきた。もう30年にもなる。これからも変わり続けていくだろう。ただし、失ったものもある。それは 時間数減による 追求する喜びみたないもの。選択教科の時間も奪われてしまった。ひどいなあ。
とにかく、今は 若者の素晴らしさを発信しよう。