事実が示す鑑賞教育の成果

「会津造形サークル平塚出張所所長のひとりごと」に
修学旅行で東京の「国立西洋美術館」で子ども達が興味を持って楽しそうに作品を鑑賞しているが紹介されていました。
→「修学旅行へ」(2005/06/03)
この子ども達は大人になっても、こんなふうに美術とかかわっていけるだろうという想像がつきます。事実が示す鑑賞教育の成果です。

しかし、ただ連れていっても、こうならないでしょう。
それは、それまでの平塚さんの鑑賞授業があってのことだと思います。

実は以前からよい授業だなあと思って注目していた授業があります。
「絵の価値って何だろう?」そんなことを考えさせる授業でした。
→「転任校、初めての図工の授業」(2004/12/25)

さらに鑑賞授業は発展し、親子鑑賞授業にも取り組みます。
→「親子鑑賞授業」(2005/06/05)
→「親子鑑賞授業の子どもの感想

そして、平塚さんの教育環境づくり
→「教室にあった画集」(2005/06/05)

(追記)
修学旅行裏話」(2005/06/05)がUPされました。こどもの口から「ブリジストン美術館」という言葉が出てきます。

事実が示す鑑賞教育の成果_b0068572_13492540.jpg

*この修学旅行での子どもの姿を見たら、親はよろこぶんじゃないかなあ。「文化立国日本」を標榜する文部科学省の方も見たら納得するんじゃないでしょうか。学力テストの点数にはあらわれませんけど…
価値ある事をちゃんと受けとめられる人。商業主義的な文化にどっぷりつかっていますから、なおさらです。流行を追い、自分を見失うなんてのもありますし。
 国際理解教育にだって大事な事です。英語がぺらぺら話せたら国際人というわけでもありませんし。鑑賞教育がなぜ大事なのかももっと考えていきたいです。
 よろしければ、このブログのメニュー(左)のカテゴリの「鑑賞教育」もご覧下さい。

《画像について》
【サン・トロペ港】 ポール・シニャック[フランス 1863−1935] サン・トロペ港[油彩・キャンバス] アノンシアード美術館[フランス] 補色対比によって輝きを増すにぎわう港の光景 <写真提供>Erich Lessing/PPS通信社
*この写真は「情報処理推進機構」さんの「教育用画像素材集」のものです。くわしくは同サイトの利用規約をご覧下さい。


←Clickで順位があがります。応援お願いします。
Commented by cobatack at 2005-06-04 23:00
お久しぶりです^^ cobatackです。
英語が話せたら国際人というわけではありません、というのはまったくその通りだと思います。
自分も、留学経験がありますが、向こうの連中がほんとに知りたがっていたのは我々の文化でした。
まったく黒船が来てから150年以上も経つわけですが、いまだ、自分達はこんなに欧米の文化を知ってるんだ☆その割に自国のことは聞かれてもわからない・・、というような感じの仲間が多いのも、ちょっと恥かしかった。英語で話し掛けても絶対フランス語でしか答えない、というプライド高いフランス人は、その対極にいて、それはそれで極端だとは思いますが、もっと自分も日本の事を勉強して行ったらよかったなあ、とは思いました。そういう意味では、日本では、芯のある田舎者ほど実は国際人である、というパラドックスもいえると自分は思っています。自分が、結構、新潟県人であるという自分ののルーツにこだわるのもここらへんの事情があります。
Commented by yumemasa at 2005-06-05 01:13
「芯のある田舎者ほど実は国際人である。」cobatackさん、これ名言です。そしてコメントにも全面的に賛成!!
しかも海外での体験が説得力ありますね。
「愛国心を育てよ!」と言われますが、自分の郷土の人や文化や自然を大事にしてこそだと思うのです。cobatackさんが地元の祭りに関わっているからこそ、新潟県人というルーツにこだわっているからこそ、アイヌ民族の文化の素晴らしさに共感できたりすると思います。地元の北海道住民よりくわしかったり。
 平塚さんは、それこそcobatckさんの好きな地元の「齋藤清美術館」にこだわっています。これが、あっての授業を考えています。深いですね。
 それにしても不思議だなあ、cobatackさんにひさびさにつけていただいた美術教育関係の記事へのコメントが斉藤清がらみだなんて。
うーん、不思議。
Commented by cobatack at 2005-06-05 20:13 x
山崎さん、そうですね!斎藤清のことはまったく頭になく、コメントしただけに、指摘されると、ああ、そうだったなあ!と思いました。
以前、そんな話をされてましたよね!思い出しましたよ!!
「愛国心を育てよ!」という教育は、自分の中学・高校時代はほとんど言われなかったように思います。だいたい、僕の出身高校の部室には、昭和40年代中盤の学生運動の名残でヘルメットまで置いてありましたし。自分の国を愛せないというのは不幸だと思いつつ(勿論、愛せた方が幸せに決まっている)、国のため、という言葉を利用した輩が、日本を戦争に導いて、結果、たくさんの人命を失った過去に対する良心の呵責から、国のため、というものに非常に懐疑的にならざるを得ない時代に10代後半を送ったように記憶します。
僕はまったく現在の教育の現場を知らない人間ですが、これも少しづつ変わってきているのではないか、となんとなく感じていました。
Commented by cobatack at 2005-06-05 20:13 x
僕は、やはり、いきなり、愛国心、という言葉を聞いたときに、話の飛躍を感じる人間です。だって一般的日本人がまだその段階まで到達してない。郷里のことすら誇りに思ってない人がたくさんいるのに。ですから、この言葉の裏に、どこかで何かが、情報操作されている、そんな風に懐疑的になってしまいます。目に見えない仕組まれた物を感じます。まず、自分の周りの文化に対して敬意を表し、誇りを持てるような教育があっての話だと。まさにおっしゃるように、郷土や文化や自然を大切にしてこそだと。その通りだと思うのです。東京一極集中を肯定するような教育じゃダメです。
自分の話も、コメントのレスにしては飛躍してしまいましたが(汗)、本音を書きました。
やっぱり歴史を勉強するべきだと、自分は思ってます。日本には、武士道における葉隠れの思想など、世界に名だたる素晴らしい哲学があります。そういった事を踏まえた上で各人が愛国心という言葉を自発的に言うのであれば、納得するのですが。
Commented by 山崎正明 at 2005-06-06 22:39 x
cobatackさんの考えとシンクロしているので、びっくり。愛国心ということでは、東京都等では、卒業式や入学式のときに日も丸や君が代がきちんと実施されているか委員会から点検に来て、それにさからう教師は研修を受けるそうです。そこでだめならまた再研修だそうです。また都の議会では教師が自分のHPで日の丸・君が代関係の批判をしている事実があるようだという質問があり,委員会の方では調査すると解答していました。なんだか戦前みたいだと感じています。怖いですよ、正直。非国民みたいに言われると。私が都の教員であれば、このコメントもまずいかもしれません。
こんなこと書いたら公務員なのに「お国ために」は当たり前だろと言われそうですが、私も日本の未来を考えているんですけどね。自分の郷土の人と自然と文化を大事にできるような、そんな国民の総体が愛国心となると思うのです。自分の郷土を愛せるためのこと、しなくちゃならないですね。大人がしっかりしなくては!自分も含めて。今総合学習で地域の人とけっこうかかわっています。素敵な大人がいっぱいいることに気がつきました。
by yumemasa | 2005-06-04 13:12 | 鑑賞教育 | Comments(5)

「美術教育」や「自然」に関するブログ。人々がより幸せになるための美術教育について考え、行動します。北海道北広島市在住。中学校教諭32年、大学で幼児教育・初等教育担当8年。現在、時間講師。


by 山崎正明