(2019年9月23日発掲載)
テオヤンセン展でのことです。小さな子が、作品をじっと見ていました。頭が動きません。ものすごく興味を持っている証拠です。

テオヤンセンの作品は大人が作った何か面白いものです。生き物のよう。子どもの中に起こるこの不思議なものとの出会い。
小さなうちに何に出合わせるか。とても大切です。大人の大事な役割の一つでしょう。
*写真 下郡 啓夫さん(函館工業高等専門学校教授)
レイチエル・カーソンはその著書「Sense of Wonder」の中で以下のように述べています。
「もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない<センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性>を授けてほしいとたのむでしょう。」

(写真使用については もいわ幼稚園(笹山雅司延長)の了解を得ています)
札幌もいわ幼稚園の子どもが身近な道具を使って遊んでいる様子です。この子たちが、例えば、このテオ・ヤンセンの作品を見たならば、遊びに何か変化が起こるかもしれません。それは、すぐにではないでしょうが。
この子どもとテオヤンセンとの出会いは、 STEAM教育を考える上で格好の材料になり得るでしょう。子どもが強い wonderを感じてこそ、 STEAMが生きていくはずです。

上の写真と下の2枚の写真も、テオヤンセン氏の思考の痕跡とでも言ったらよいでしょうか、展覧会で展示されていました。


ちなみに、この子たちの大先輩である、テオ・ヤンセン氏は、
子供の頃、配管などを作って吹き矢などを作っていたそう。 この作品を作る過程で導き出した数字をホーリーナンバーと言っています。
スマホなども、子供の手元で、不思議なことが起こりますが、生まれたときから、そのような環境にあるため、 Wonderを感じる前に、すでにあたり前になっています。理屈がなくても使いこなすのです。しかし、テオヤンセンの作品は、思わず、どうしてそう動くのか、考えたくなります。
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(追記)
この記事を書いて以降幼児教育の現場に伺い、 STEAM教育について考えてきました。その一つが以下のものです。