中学生・義務教育最後の美術の授業(その1)では、授業の概略を書きましたが、ここでは、生徒一人ひとりの学びについての私の気づきを書いてみたいと思います。なお、一緒に授業を参観された長野の小山美香子先生と、授業の中での生徒の姿について読み取ったことの交流も非常に勉強になったことを加えておきます。

田中先生のこの表情。生徒の表現を心から興味を持ち、様々な思いや工夫、考え方、見方に触れ、そのことを知ることが面白いのだと思います。

吹奏楽部の生徒はドラムセットをつくっていました。金属部分はカラースプレーを使ったそうで、金属の感じが出て、手応えを感じていました。中学時代の大事な大事な時間を、作品に封じ込めていくかのようです。

彼女はすでに作品が完成していて、2点目としてビデオ作品に取り組んでいました。素材のデータはipadで休み時間などを使って撮影しています。クラスの楽しそうな日常をとらえています。その、眼差しのあたたかさがとらえた動画から伝わってきます。しばらくして、彼女のところに、進み具合を見に行くと、動画をプレビューしてくれました。感想を求められました。まさにプロトタイプを見せて、意見を求め、改善していく。「デザイン思考」的です。こうした態度はこれまでの授業の中で身についてきたのでしょう。よいものをつくりたいという気持ちと、周囲の人を信頼しているからできることです。授業の終わり頃、田中先生にも感想を求めていました。よい作品にしたいという意思の表れです。

彼女は、将来なりたい具体的な職業があって、絵に未来の自分の姿を表現しようとしています。そのときにどのユニフォームを着せたらいいのかをネット検索をして調べています。かなりの時間をかけて、納得いくまで。その姿から彼女が目指す希望進路へのリアリティを感じます。

作品について意図を尋ねると「発想ノート」を見せてくれました。メモや制作の計画、簡単なアイディアスケッチ。彼女が主題を生み出す過程です。しかし、これはあくまでもメモ。だから予定も変化していますとのこと。このあたりがリアリティーがあります。
さて、実は、この生徒たちは、現代美術についての調べ学習をしています。田中先生によると、そのような影響を受けている生徒もいるとのことでした。そんなことを知っていたこともあって、私は「この作品のコンセプトってどんなことですか?」なんて聞いたりしていました。ちゃんと話してくれます。

卒業、そして優しい親から、自立していくという思いを表現しています。それにふさわしい色を使っています。色鉛筆の筆圧も考えています。
彼女の足元にはかわいい犬が歩いています。義務教育最後の作品において、こうした決意を表現する生徒もいます。15歳の意味を考えてるからです。この時間は自分なりにどう生きていくか、哲学の時間にもなっていると思います。

この生徒は、現代の人間社会に起きている様々な問題を、多数取り上げていました。差別とか自由とか人権とかのメモが読み取れました。こうした課題をとりあげることに、若い人の「正義感」を感じます。こうした社会的なテーマに取り組むことこそ彼女の15歳の存在証明なのでしょう。ふと、昨年、15歳のスウェーデン人、グレタ・トゥーンベリさんが地球温暖化対策について訴えていたのを思い出しました。

ボクシングで活躍している彼は、この「15歳の存在証明」で、目標とするチャンピオンベルトをつくっていました。黙々とつくっていました。中央メダルの上にある模様ですが、紙を切ってはっています。その細かさに驚きました。昨日を見るとき、自分がつくっているかのごとく見る癖がついてきていますので、そのようなことも見えてきます。今回は色を重ねながらカーレーザーの感じを出すように苦労していました。
このブログ記事は、結果としての作品を見ただけではわからない生徒の思いや学びについて書いてみたものです。生徒へのインタビューの参考に書きました。25人の生徒を50分の時間で見て、聞いてまわったので、当然限界があります。また授業の最後と最初でも違います。これも、お含みおきください。また授業の評価の観点という視点でとらえるとまた違った記述になります。さて、校長先生と校長室で話していたときのことです。田中先生を見て(実は前任校では教頭先生として同僚でした)美術教育の捉え方が変わったといいます。学校の中で美術教育が果たす役割の大きさを語ってくださいました。美術教育関係者に伝えたいくらいです。
校長先生自身も「
西仙北中学校」というブログで、生徒のよさを発信しています。お読みいただけたらと思います。
↑この記事の校長先生の最後の一文をぜひ、お読みください。
↑このようなことと相乗効果で教育が成り立っていると感じます。この話を伺って泣けてきました。