鑑賞が磨く子どもの感性
2006年 08月 13日
現在小中学校においては鑑賞教育が充実してきており、初等中等教育部会「審議経過報告」の中においても「鑑賞は創造行為である」と述べられています。私が次に出した事例よりもはるかに優れた授業が多数出てきていることも付記しておきます。

1年生の美術の授業で、ロダンの作品を鑑賞した。その有名な作品「地獄の門」には、地獄であえぐ多くの人間像が刻まれており、その中央には「考える人」の基になった、瞑想(めいそう)する詩人が配されている。
現代社会を見ていると、まじめに生きることの価値が軽視されているように思える。そこで、彫刻という表現を通して人間の生き方を問いかけてきたロダンから、命に関して、何かを感じ取ってほしいと思った。
最初に「考える人」の写真を見せた。生徒は「それ知ってる」「テレビのCMで見た」「ジダン? ロダン?」と口々に言う。
今度は「地獄の門」を作品名を告げずに見せた。門の中央の像にも注目させた。生徒はすぐ気がついた。「あ、『考える人』だ!」
さらに、門自体をじっくり見させた。その向こうには、地獄に落ちて行く人間たちが表現されている。「地獄かな」「何かおっかない」「絶対こんなふうになりたくない」——。やがて教室は静まり返っていた。
さらに「この地獄門で『考える人』は、何を考えていたと思う?」と問いかけた。「緊張している」「ものすごく悩んでいる」「深刻」「地獄に落ちてしまった人間のことについて真剣に考えているのかな」
作品に注がれる生徒のまなざしは、私の予想をはるかに超えて真剣だった。彼らは、作品の奥に潜む作者の表現意図を中学生なりに、ちゃんと感じ取るのだ。
学力も大事だし、生きる力を学ぶことも重要だ。でもそれだけじゃなく、子どもの中にある「感じ取る心」を磨く機会を意図的に作っていく必要があるのではないだろうか。
授業の最後に、「ロダンってすごいね、みんなを黙らせてしまった。そして、作品から何かをしっかり感じ取ったみんなは、何より素晴らしい」と話した。
北海道 山崎正明(中学校教員/49歳/男性)














