「美術による教育」ー道徳の授業へと発展させた例
2006年 10月 20日
さてこの「美術による教育」をもっと発展させて道徳の授業でやった例を紹介します。
埼玉の佐々木正裕さんによるものです。「なるほど!こんな方法があったのか!」と思いました。
しかもこの教材はまったくのオリジナルで地元の埼玉県立近代美術館の協力を得ながら実現しているのも注目!鑑賞教材は「ダミアン神父像 」~船越保武作(埼玉県立近代美術館蔵)です。
授業の中で生徒にビデオを見せていますが、これは佐々木さんが撮影したものです。
佐々木さんは次のように語っています。「「ダミアン神父像 」は、作者船越保武氏が書店で偶然見つけた本の中にあった醜い神父の姿の写真にひかれ制作されたが、ハンセン病という当時まだ社会的に偏見のおおかった病気をテーマにしたことで、その構想から完成までは10年を要した。
あえて醜く病気におかされた姿をつくり、その姿にひそむ気高い美しさを表そうとした氏の心情に気付かせたい。
一方、ダミアン神父は、人間愛に満ちたハンセン病救済活動の中で母親に病にかかった自分の姿を見せたくないという人の弱い面も兼ねもっていたそうである。
授業では作品のビデオやエッセイからの抜粋を使い、二人の人間像に迫り、人間の強さ、気高さ、また、美術作品の本当の美しさとはということに気づかせたい。」
鑑賞教育と一口に言っても様々な方法があります。佐々木さんのコメント。
「私の場合は生徒に最初は全体像は見せずにスタートすることが多いです。子どもたちが何かを見つけそうな部分を教師が切り取って提示し、それに題を付けさせたり物語を作ってもらったり、自由に考えてもらえる時間を作ります。題名をつけた理由から対話形式で色々な見方を広げていくようにしていきました。
僕にとってはこれが子どもたちに色々な考えを出してもらうのに一番やりやすいやり方でした。
このやり方は大学の時に美術科教育法で鈴木五郎先生から学んだものですが、百合出版という会社のいくつか本を読むと実践例がいくつか出ていました。1980年頃に「新しい絵の会」の中で実践されたものです。」
また佐々木さんはアレナス氏流だけではなく、まだまだ様々な方法があるのでは?とのことでしたが、私もそう思います。たとえば私は安田侃氏の「炭山(やま)の碑」ならば対話型でしないだろうと思います。
このあたりは論議になるかもしれませんが、やはりいろいろな考え方を学びながら、鑑賞教育について深めていきたいと思います。
その鑑賞の授業を通して子ども達に何を育もうとしたのか、そこが最初に話されるべきでしょう。
簡単に言うならば何をねらうか、で全てが決まっていく訳です。
《関連サイト》
☆名古屋市美術館の定期刊行物 アートペーパー54号で、このダミアン神父像を巡ってのコラムが書かれています。鑑賞教育のあり方を別の角度から考えることができます。
ここに書かれている内容は鑑賞教育について研究会などで話しあわれるとき、必ず出てくる論点と思います。
是非拝見したいのですが、現在入手可能な方法はありませんか?
宜しくお願いいたします。
私もオリジナルデータを手違いから失ったのです。
それにともなってダウンロードの記述も削除しました。
お許しくください。しかし、この記事からヒントにしたことをもとにすれば授業の構築は可能かと思います。価値葛藤場面をうまく設定するとよいかと思います。
木下晋さんの作品を鑑賞するのですが、人間の強さ、気高さを感じ取り、モデルと真剣に向き合う作家の姿から本当のリアリティとは何か考える授業ができたらと思います。














