「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない
2006年 10月 18日
そして次のように述べています。
「子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、様々な情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。
幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、驚嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。
そのようにして見つけ出した知識は、しっかりと身につきます。」

いわゆる早期教育で失うものも多いはずです。
私が教師になった頃から教育の中で「自己教育力(自ら学ぼうとする力)」が重要視されてきました。私の授業改善のベースにはこの考え方が根底にあります。美術教育を考える為には美術のことだけ、考えていてもいけないでしょう。
自己教育力育成という考えのもと、課題(問題)解決的な学習が学校現場では大事にされてきていますが、それはワンダーの心が学ぶ意欲を生み出していくと考えます。
ただし、この方法は学力テストに向けてすぐに結果を出さなきゃならないときは、非効率的に見えるかもしれません。
☆センス オブ ワンダー←興味を持たれた方は是非お読みください。
娘が中学校に入学しての最初の中間テスト直前、地理でやった「時差」のことがわからないと言いました。計算式等は出ていますが、どうして、そうなるかが納得いかないようです。
テスト直前あれこれ考えている娘に対し「そんなもん、式に書いてあるし、数字をあてはめれば答えが出るって!」と言いたかったのをぐっとこらえました。考えているそのことがとても大事なのですから。
でも、こんなことに時間をかけず、他の勉強をしていたら、当面のテストの点数はよかったかもしれませんけど。
私はアメリカで美術教育を大学院で専攻している学生です。
お礼が言いたくてコメントさせてもらっています。
メールをしたかたのですが、コンピューターの問題上
メールアドレスを知る事ができなかったので
このコメントの欄に書かせて頂きます。
私は子供の教育とはかけはなれたメジャーで
大学を卒業しました。教育というのは昔から興味は
ありましたが、まさか大学院で自分が専攻することも
夢にも思っていませんでした。
今とっているクラスでの論文でサーチしていたら
yumemasaさんのblogをみつけとても感動したと
同時に論文のマテリアルとしてアイディアを得る事が
できました。ありがとうございます。
もしお時間があればrie@rock.comのほうに
メール頂けると幸いです。(メールアドレスを教えてください)
本当にありがとうございました。
Sincerely,
理江
アメリカですか!このブログのどこからアイディアが得られたのか興味があります。
これからアメリカと日本の美術教育の違いや共通点を交流出来るといいですね。
アメリカといっても様々な美術教育の方法がありますし。
生の声を聞きたいです。
ぜひ、混乱させてほしい気持ちでいますので、よろしくお願いします。
これが正しいとなったら進歩はないでしょうし。
メール出しますね。
これからの交流楽しみにしています。
ただ、ちょっと気をつけたいと思うのが、「『知る』ことは『感じる』ことの半分も…」というフレーズのみを受け止めて、「だから知識は要らないんだ」と短絡的になってしまう人が出ていることです。カーソンは知識が不必要だといっているのではなく、知識優先になりすぎるあまりに見えなくなってしまっているものがあると言いたかったんだと思います。また、文中に出てくる生き物が、「草」「木」「鳥」ではなく、「ゴゼンタチバナ」「トウヒ」「モリツグミ」などと種名で書かれていることは、知識があることで世界が豊かになることも、何気なく伝えているようにも感じます。
知識偏重になるのではなく、先ずは立ち止まってゆっくり見て・触れて・感じてから、それから知ろうよ、ということなのかなと思います。
このような有名な言葉は一人歩きすると怖さもともないますから。
このようなコメントありがたいです。
ちなみに娘も時差なんかは実によく理解しています。なぜ?どうして?不思議だなあ?これを大事にしたいです。
そして大人は子どもから教えられることが多いという感覚もまた持ち合わせていたいですね。
しかし、それは子どもの絵が大人より劣っているという見方なんですね。私はその年齢でなければ、あるいはその子でなければ描けない絵こそ大事だと思うんです。
よろしければ、http://yumemasa.exblog.jp/5796955/
の絵を見てください。
小学校6年生ならこれより上手な絵はコンクールの作品でたくさん、たくさん見ることが出来ます。それこそ、透視図法を教えてしまえば、描けるようになります。しかし、この絵の解説を読んでいただけると、子どもにとってのリアルが理解できます。子どもの絵のとらえ方を少し勉強すると、とってもおもしろくなります。
左メニューのKIDS ART LABOなんて読むと、そうかあーと思われるような気がします。
だから楽しくてたまらない世界が待っていますよ!ぜひそれを味わっていただきたなあ。コメントをいただけたのも何かの縁ですから。
http://yumemasa.exblog.jp/1189550/
上を読んでいただければご理解頂けるかもしれません。
ところで、小学校で陶芸、ありがたいですね、学校現場としては。しかもそれをご自身が楽しみにしておられる、最高ですね。
やはり子どもにとって先生以外の方から学ぶ機会があるってのは、とってもよいとだと思うんです。
先日私の学校でも総合学習で職業の勉強したのですが、働く現場の生の声を聞き、その姿を見て、子どもの目は輝いていましたから。
うーん、授業も負けていられないと思いました。(笑)
で、今日は気合が入りました。
superbirdさんが学校に行かれたお話うかがいたいです。うーん、いろんな方と教育について話せるのは素敵なことですね!
試験対策的な勉強はできても、「自ら興味を持つ」姿勢を養う機会が少なかったのかなと勝手に思っていますが、私は教員資格を持っているわけではないので、今の義務教育などでそのあたりのところがどのように扱われているかがすごく不安です。
小学生ぐらいの子どもたちと違って、高校を卒業した年齢の学生たちに対して、どのようにして自ら関心を持ってもらうようにしたら良いのか、悩ましいところです(自分の力量も含め)。
読ませていただいてよかったです。
まさに知ることでなく、感じること。
自分もことでもそうなのですが、すぐに結果を求めたくなりがち、
でもプロセスが大切だと日々思っています。
小学校の子供達と出合って
陶芸の焼き上がりの結果を求めることより
途中の泥遊びが大切と思ったのは
初めて二年目のことでした。
先生と違う立場なので何をしたら良いのだろうと考えて
評価でなく、楽しむことにしました。
僕自身が結果の評価に縛られると
子供達のそこの部分を脱せられないのでね。
みんな大人同様に子供達なぜかストレスを感じていたり、
多感な時期を迎えるので自分を上手くコントロール出来なかったり
そんな子が総合学習で陶芸チームに来るので
難しいけど遣り甲斐もあります。
子供って大人の僕たちより感性抜群なので
よく見てるんですよね、こちらの事。
絵画の件、しばらく見守ってみますね。
山崎先生ありがとうございました。
実は私が教師になったころは知識偏重とか新幹線授業とか、教科書が難しすぎるといった論調が主でした。しかし、今は逆ですね。勝手過ぎます。教育現場は翻弄されています。あー、ちょっとグチになりました。
しかし、最近、それだけおもしろくないと子どもはやらないといのも、どうかな?などと思ったりしています。
でも子どもの学ぶ意欲を育てる教育が大事なことにかわりはありませんけど。美術の授業等、新しい題材に取り組む時、子どもへの提示の仕方次第で示す意欲はかなり違ってくるというのも事実です。ですから、やりがいのある仕事ですね。
すーぱーばーどさんの子共へのスタンスいいなあと思います。このような方がたくさんいらしたら、どんなに素敵だろうと思います。
すーぱーばーどさんの最新のブログ記事、いいなあ。ホントに子どもの姿を紹介してくれていますから。子どもを見る目があたたかいですし。
こんな作品ができましたという記事ではないですもね。いいなあ。素敵な方と知り合え、うれしい山崎でした。ブログっておもいしろいですね。














